
阿閇皇女
作者:阿閇皇女

これやこの 大和にしては 我が恋ふる 紀路にありといふ 名に負ふ 背の山
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相聞(恋歌)
現代語訳
ああ、これがその山なのだろうか。大和にいながらも、私が恋い慕う紀の国へと続く道にあるという、その名を背負った背の山よ。
シチュエーション
阿閇皇女(後の元明天皇)が詠んだとされる歌。大和にありながら紀の国へ通じる道にある「背の山」を前に、遠く離れた相手を思う気持ちを重ねている。『名に負ふ』は、名の由来を背負うという意味で、山の名と自身の恋心を巧みに結びつけた表現。地名と感情を重ねる万葉集らしい象徴的な恋歌である。
原文
此也是能 倭尓四手者 我戀流 木路尓有云 名二負勢能山
阿閇皇女 のゆかりの地
関連画像(Wikimedia引用)
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