
柿本人麻呂
作者:柿本人麻呂
やすみしし 我が大君の きこしめす 天の下に 国はしも さはにあれども 山川の 清き河内と 御心を 吉野の国の 花散らふ 秋津の野辺に 宮柱 太敷きませば ももしきの 大宮人は 舟並めて 朝川渡る 舟競ひ 夕川渡る この川の 絶ゆることなく この山の いや高知らす 水激る 瀧の宮処は 見れど飽かぬかも
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寿歌(讃歌)
現代語訳
国を安らかに治められる我が大君が、天下国々の中から山川の清らかな河内を御心に留め、吉野の花が散る野辺に宮を構えられた。 大宮人たちは舟を並べて朝の川を渡り、夕には舟を競い合って川を渡る。この川は絶えることなく流れ、この山はますます高くそびえ、激しく流れ落ちる滝の宮の景色は、いくら見ても飽きることがない。
シチュエーション
柿本人麻呂が吉野の宮を讃えた長歌。吉野は天皇の行幸地として特に神聖視され、自然の美と政治的象徴性が重なる場所であった。歌では、清らかな川、花散る野辺、滝の宮といった吉野の豊かな自然が描かれ、そこに宮を構えた天皇の威光と治世の安定が重ねられている。大宮人が舟で川を渡る場面は、宮廷の活気と華やかさを象徴し、吉野の地がいかに特別な場所であったかを示している。
原文
八隅知之 吾大王之 所聞食 天下尓 國者思毛 澤二雖有 山川之 清河内跡 御心乎 吉野乃國之 花散相 秋津乃野邊尓 宮柱 太敷座波 百礒城乃 大宮人者 船並弖 旦川渡 舟競 夕河渡 此川乃 絶事奈久 此山乃 弥高思良珠 水激 瀧之宮子波 見礼跡不飽可問
アイテム ー舟競ひー

万葉集に多く見られる表現で、奈良時代の宮廷貴族たちが吉野川などの急流で行った舟遊びや、川での競技的な情景を描写する際に用いられました。
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柿本人麻呂 のゆかりの地
関連画像(Wikimedia引用)
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